通過する優しさ

    孤塁 #004

     

    編集者からの電話をとると、いま出張先から東京に戻り、その足で私の事務所に寄るという。
     携帯電話に慣れない人によくある大声で「ニシキ!ニシキ!」と連呼していたので、そこが京都の錦市場であることを察した。時計は18時を回っていたが仕事に劣らず味覚が信用できる輩が、とにかく誰も帰さず腹を空かせて待ってろと念を押してきたので、スタッフ四人を残して仕事を続けた。
     食事の時間というものは、仕事が忙しければ忙しいほど規則的になってくる。この時間に夕食を採らないのは異例なことだった。それで帰るわけにはいかない。日付が変わりそうな時間に自信に満ちた笑みを浮かべ編集者はやってきた。言われたまま何も食べず空腹の峠を越した元気のない若者たちの前に、京都から直行便の土産が並んだ。それぞれがそれぞれに言われの多い逸品。鱧。ぶぶうなぎ。白子に湯葉。そして伏見の純米吟醸が人数分の紙コップに注がれている。

     〈俺たちは唐揚げ弁当が食いたいんだよ!〉という視線を私は無視することにした。美しく着地するとは限らない優しさに溢れていた頃の話である。了

     


    *「孤塁」こるい【korui】一つだけ残って助けが来る事もない砦。

     

     

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