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 一冊目 2023.12.22

 

『華氏451度』 レイ・ブラッドベリ  伊藤典夫 訳  〈新訳版〉1953年・アメリカ 

 

越智▶︎まずは本を選んだ人が口火を切る。そんなルールでどうでしょう。

緒方▶︎えっ? んー……理由は単純で。SFの代表選手が描いた未来。今はそれをとっくに追い越しちゃってるわけだけど。単純に比べて見たくてね。果たしてブラッドベリの先見の明はいかほどかと。(笑)

越智▶︎先見性は見事ですよ。一見古めかしいですがメディア・テクノロジーの核心をつかんでいます。スクリーンに囲まれた部屋での没入感。睡眠時さえ常時接続されていて、だから健忘症と薬漬けになっている。まさに今ですよね。

 

緒方▶︎記憶としてはオーウェルの『1984』と混ぜこぜになってた。(笑)で、改めて読んでアレっと思ったのは、本が焼かれる対処として丸暗記するくだり……それって書籍への愛着とは遠いよね。本は焼いちゃいけない大切な財産。そんな箇所を探してもどこにもないから。本好きはかなり戸惑うな。

越智▶︎最近は人がドラマも早送りして観る時代です。ここで描かれた時代を生きる人たちもスピード狂のため、静止して思考する余裕などないんです。だからとりあえず今は本を保存して、しかるべき時が来たら改めて読んでみよう、みたいなところかなと。

緒方▶︎文中に引用されるのが良書ばかりで残念だったな。登場しないけど『チャタレイ夫人の恋人』や『我が闘争』の暗記役もどこかにいるんだろうね。

 

緒方▶︎小学生の頃かな、通学路に空き地を使った駐車場があって草ぼうぼうなんだけど。その地面に何日も雨風にさらされた「オール讀物」が落ちていたんだな。

越智▶︎その雑誌を家が喫茶店やってた同級生が、子供部屋によく持ってきてましたよ。

緒方▶︎私の場合秘密主義だから。(笑)で、夜中に親の目を盗んでそれを拾いに行くわけだけど。官能小説の挿絵がその頃の目には激しく神秘的でね。

越智▶︎たしかに。

緒方▶︎あまりに過剰でまた空き地に戻しに行くんだけど。歩きながら世界中でこの本を見ているのは自分一人だと思うんだよね。

越智▶︎極めて個人的な秘密ですよね。

緒方▶︎子供心にヤバい本で手元に置いておきたいんだけど、元あった場所に捨てに行く。あの時の自分も目に焼きつけようと必死だったなあ。

越智▶︎マイノリティや多様性について考えちゃダメだ。それが幸福なんだという一節もあります。違和感や疑問が遠ざけられている。ネット上のフィルターバブルやエコーチェンバーも同じようなものです。

 

越智▶︎印象的なのは、本を読むことはいい事ばかりじゃないという隊長の言葉に対して、主人公側の学者が複数の意見を吟味して選びなさいと助言する場面です。

緒方▶︎さりげなく核心の部分。

越智▶︎本を読むことは他人の考えをなぞっているだけで、そこのところを忘れるな。つまりここでは、読書行為を批判的にも見ているのです。ショーペンハウアー『読書について』の内容とも重なります。

緒方▶︎絶対自分の味方だと信じて読むんだけど、結局突き放されるんだよね。

越智▶︎本はいい匂いがする。という一文もあります。

緒方▶︎惑わせるね。情景描写の中に出てくる小さな火。マッチを擦ったり。蝋燭を灯したり焚き火をしたり。そして業火。読書を愛でない割にモチーフがどれも美しい。

越智▶︎最後の方には火の作用によって顔が違って見える、と書かれています。元々は怪奇・幻想小説の短編作家だったので単純ではないです。それぞれに光と影があるから、まだ論点はいろいろ残されているでしょうね。

 

緒方▶︎断片的な記憶しかなかったので。再読での収穫は大きかった。

越智▶︎自分も10代の頃観た映画のラストシーンの不気味さだけが残っていたので。今の世の中、消えていく物だらけだと思うんです。一生出会わないほどの膨大な作品が本や音源として残っているなら、それを可能な限り再構築した部屋で生きたいなと。

緒方▶︎ブラッドベリの申し子ならではの反サブスクリプション。(笑)

越智▶︎もっと言うと、スマホもSNSのアカウントも持っていませんがとくに不自由はないです。よく行く大手古書店で、紙のカードからアプリにLINE登録したらポイントが貯まりやすいと毎回同じ店員さんに勧められるくらいですかね。(笑)

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